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Author:まつり駿楽
血統、ベストパフォーマンス、実績の関係性を重視した競馬予想とクラシックの展望などをしています。2012年2月3日よりキルトクール株式会社の神官として入社し、twitterやmixiを密かに更新中。fc2小説ページにて執筆活動も展開しています。

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追跡・タニノギムレット 「異能のダービー馬」
10日以上前となる先週月曜日に本放送があり、今週の月曜にも再放送があったNHKのオグリキャップの番組。私の競馬の原点はオグリキャップにあり、今でも競走馬の中で最も好きなのがオグリキャップだったりしますが、NHKのオグリキャップの番組については再放送分を録画したものの、未だに見られておらず、折を見つけてその録画分を視聴して感想をここに載せようかなと考えています。

さて、オグリキャップと言えば1988年に笠松競馬から中央入りを果たしましたが、その初陣を飾ったのが、今週行われるアーリントンCの前身とも言えるペガサスSです。当時、1コーナーのポケットからのスタートだった阪神芝1600mの4歳馬(注・現表記で3歳馬)限定重賞で、オグリキャップが走った年が2回目の開催でしたが、その舞台でオグリキャップは2番人気の支持に甘んじながらも、レースでは1番人気に支持されたラガーブラックに対して3馬身差をつけて勝利し、そこから平成の競馬ブームの立役者となっていきました。ペガサスSの開催はわずか5回に終わり、その役割が今のアーリントンCに引き継がれていきましたが、そのアーリントンCの優勝馬にして唯一クラシックレースを勝ち上がっているタニノギムレットを今回の”追跡”に取り上げていこうと思います。

※マイルを極めてダービー制覇

今回取り上げるタニノギムレットは2002年の日本ダービー馬で、その5年後に娘のウオッカがダービー制覇を果たしたことにより、21世紀の日本競馬で最初の「ダービー馬はダービー馬から」を実現させました。残念なことに、日本ダービー後は怪我の影響で一戦も走ることができませんでしたが、皐月賞、NHKマイルC、日本ダービーの3歳G1三連戦を完走し、全て3着以内に入った上でダービー馬に上り詰めていったその道程は、まさに執念の結実とも言えるようなものでした。



◇2000年以降の日本ダービー馬で芝1600m重賞勝ちがある馬

タニノギムレット(2002年)…シンザン記念、アーリントンC

キングカメハメハ(2004年)…NHKマイルC

ウオッカ(2007年)…阪神ジュベナイルフィリーズ、チューリップ賞

ディープスカイ(2008年)…NHKマイルC



さて、2000年以降の日本ダービーにおいて芝1600m重賞勝ちがあった馬による勝利は、上記の4頭に留まっています。タニノギムレット以外は全てG1のマイル戦を勝ち上がっており、ダービーを勝つためのマイル戦勝利はG1以外は無益といった趣すらありますが、タニノギムレットを含めた上記の4頭に共通しているのが”重賞2勝目がマイル戦だった”ことで、結果的にはタニノギムレットのアーリントンC制覇はダービー制覇の一助になったという見方もできます。

もっとも、上記4頭の中で古馬のG1を勝てたのはウオッカだけで、タニノギムレットとキングカメハメハが3歳秋のG1に一度も出ることなく現役を引退しているように、マイル戦に重きを置いて日本ダービーを目指すローテーションはリスクの高いものであるということが窺えます。

※真の実力が試される”スプリングS制覇からの皐月賞好走”

さて、シンザン記念、アーリントンCとマイルの重賞を連勝していったタニノギムレットはその次走に皐月賞トライアルであるスプリングSに出走し、後のNHKマイルC優勝馬であるテレグノシスらを相手に勝利を収めました。その後、皐月賞、NHKマイルCと続けて3着に入った上でダービー制覇へと漕ぎ着けましたが、スプリングSを勝った上で皐月賞も3着以内に入ってきた馬は将来有望であることが多くなっています。



◇皐月賞で3着以内に入ったスプリングS優勝馬によるその後のG1勝ち【2000年以降・馬名横の()内は出走年・皐月賞の着順】

ダイタクリーヴァ(2000年・2着)…なし

タニノギムレット(2002年・3着)…日本ダービー(2002年)

ネオユニヴァース(2003年・1着)…日本ダービー(2003年)

メイショウサムソン(2006年・1着)…日本ダービー(2006年)、天皇賞【春】(2007年)、天皇賞【秋】(2007年)

アンライバルド(2009年・1着)…なし

オルフェーヴル(2011年・1着)…日本ダービー(2011年)、菊花賞(2011年)、有馬記念(2011年・2013年)、宝塚記念(2012年)

ロゴタイプ(2013年・1着)…安田記念(2016年) 【現役】

キタサンブラック(2015年・3着)…菊花賞(2015年)、天皇賞【春】(2016年)、ジャパンC(2016年) 【現役】



前段の”重賞2勝目がマイル戦だった”ことよりも有意義なデータではないかと思わせる”スプリングS制覇からの皐月賞好走馬”による出世具合ですが、日本ダービーの成績に限った話をすれば(4-0-0-4)と、勝つか大敗かという趣があります。その上で日本ダービーを勝った4頭について触れると、スプリングSにおいて上がり3ハロン最速の馬が自身を含めて3着以内に入っており、自身の末脚の威力もさることながら相手の末脚の威力も認めた上でスプリングS制覇を果たすことが、スプリングSから日本ダービー制覇を目指す王道と言えます。

一方で、日本ダービーを勝てずとも、後にG1制覇を果たしたロゴタイプとキタサンブラックの2頭は、スプリングS制覇時に3歳重賞勝ち馬を2着に従えていました。このことから、スプリングS優勝馬による出世の可否については直近に発揮した自身、あるいは相手の実力を見定めた上で判断できるのではないかと考えています。

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馬雑談 | 13:30:08 | トラックバック(0) | コメント(0)
追跡・サウンドトゥルー 「現代競馬の異端児」
発表から既に2週間以上が経過しましたが、先日1月10日に、2016年度のJRA賞が発表されました。年度代表馬には、最優秀4歳以上牡馬のタイトルを得ていたキタサンブラックが、最優秀4歳以上牡馬と最優秀短距離馬で次点の扱いを受けていたモーリスに対して44票差をつけて選出されましたが、投票数の過半数から選ばれたわけではないところに、2016年の競馬の難しさが垣間見られるような気がしています。

一方で、今回のJRA賞受賞馬で一際興味を抱いたのが、最優秀ダート馬に選出されることになったサウンドトゥルーです。2016年の勝利は12月のチャンピオンズCのみで、「チャンピオンズCがダートの有馬記念」といった見方もしたくなるところもありましたが、せん馬によるJRA賞受賞は2004年に最優秀障害馬に選ばれたブランディス以来の出来事で、平地競走馬による選出ということで言えば、今は無き最優秀父内国産馬に選出された2002年のトウカイポイント以来となりました。せん馬に関してはクラシックレースや一部レースへの出走に規制がかかっており、仮に有馬記念等の芝中長距離のG1を複数回勝つようなことになった場合、該当する部門賞が見当たらないことから、ただで少ないせん馬の活躍を称える機会がより少ないものになっている上、年度代表馬への選出が極めて困難なのではないかと思わされましたが、今回はそんなサウンドトゥルーについて触れていこうと思います。

※長期間の活躍が困難な”せん馬のG1馬”

繁殖能力のある牡馬として誕生しながら、気性改善、競走時の危険抑制等の目的で去勢されることによって生まれるせん馬。日本におけるせん馬は前述の通りクラシックレースや一部のレースの出走が出来なくなっており、せん馬が競走馬の大半を占めている香港競馬やケンタッキーダービー、プリークネスS、ベルモントSにせん馬が出走ができるアメリカと比べると、日本において現役時代に去勢出術を施すことは少ない方になります。

そんな中にあって、サウンドトゥルーは昨年のチャンピオンズCを制していきましたが、JRAの平地G1をせん馬が勝ったケースは昨年のサウンドトゥルーの件も含めて12回あり、日本で調教されたせん馬によるJRA平地G1の勝利は4回あります。



◇JRA平地G1制覇を果たしたせん馬による、その後の成績

レガシーワールド(1993年ジャパンC)…(0-0-0-14)

マーベラスクラウン(1994年ジャパンC)…(0-0-0-5)

トウカイポイント(2002年マイルCS)…(0-0-1-1)



上記にまとめた過去の3頭について触れていくと、レガシーワールドとマーベラスクラウンは京都大賞典の連対をステップにジャパンC制覇に結び付け、トウカイポイントは前哨戦の富士Sを5着に敗れたものの、その半年以上前に中山記念をコースレコードで勝ち上がってきた、いわゆる脂ののってきた馬たちでした。しかし、3頭のその後を見ていくと、トウカイポイントがマイルCS制覇の直後に出走した香港マイルの3着が最高で、あとは全て着外に終わっています。最も多く走ったレガシーワールドは4回最下位を経験した上で1996年の宝塚記念8着を最後に現役を引退、マーベラスクラウンとトウカイポイントはレース中の故障が原因で競走中止となったのが現役最後のレースとなっており、G1を勝った後に待っていた没落具合が尋常ならざるものとなっています。

一方、サウンドトゥルーについては、チャンピオンズC制覇の後に出走した東京大賞典では3着に終わり、その次走の走りこそがサウンドトゥルーが続けるであろう現役生活の明暗を分けそうな雰囲気がありますが、サウンドトゥルーは昨年のチャンピオンズCを勝つ前に既に一昨年の東京大賞典においてG1馬の仲間入りを果たしており、一気の燃え尽き症候群に陥っていった過去3頭とは異なるキャリアを積める可能性が高いのではないかと考えています。

※既に”常識破り”

さて、先ほどの記述の中で、「サウンドトゥルーがせん馬の中で例外的存在になるのではないか」といった趣旨のことを書き連ねてきましたが、既にサウンドトゥルーには過去の悪習に囚われない競走実績があります。



◇初めてのダートG1制覇が東京大賞典だった馬による、その後のG1成績【国内外全て・現行の大井2000m戦となった1998年以降】

ワールドクリーク(1999年)…(0-0-0-8)

スターキングマン(2003年)…(0-1-1-5)

ローマンレジェンド(2012年)…(0-0-2-7)



サウンドトゥルーが初めてダートG1を勝ったのは2015年の東京大賞典でしたが、そこから昨年のチャンピオンズC出走前までのダートG1成績は(0-1-3-1)と、チャンピオンズCを勝つ前から以前の”東京大賞典において初のダートG1制覇を果たした馬”とは異なる安定性の高さを誇っていました。その上で、チャンピオンズCの制覇によって日本のせん馬としては初めてとなる”国内G1を複数回勝利した馬”として名乗りをあげることになったサウンドトゥルーですが、仮に次週の川崎記念を勝利すると、2005年の川崎記念優勝馬であるタイムパラドックスや2012年の川崎記念優勝馬であるスマートファルコンと同じ”3年連続ダートG1制覇”を達成することとなり、ダート競馬の歴史の中にあっても屈指の強豪と名を連ねることになります。

また、サウンドトゥルーの実績でもう一つ興味深いのが、ダート1800m戦における堅実無比の走りで、去勢前に(0-0-3-0)とした上で、去勢後の成績を(4-1-2-0)とし、うち2勝が重賞勝ちとなっています。この数字を見るだけでも、今年のチャンピオンズCにおける有力候補の1頭であることは疑いようもありませんが、実際に勝利を収めることになれば、前述の”3年連続ダートG1制覇”に加え、ジャパンCダート時代を含めても初めてとなるチャンピオンズC連覇も果たすことになり、フェブラリーS連覇を果たしたコパノリッキーと並び立つ存在になります。

しかし、いずれにしても、”日本におけるせん馬の歴史”にサウンドトゥルーは大きな足跡を残してきており、既にオグリキャップやトウカイテイオー、あるいはディープインパクトやオルフェーヴルのような伝説的な名馬と言っても過言ではない存在になっていると、筆者は考えています。

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馬雑談 | 22:48:07 | トラックバック(0) | コメント(0)
追跡・サトノダイヤモンド 「道半ばの輝き」
有馬記念の開催を終えて早4日、2016年もあと3日となりましたが、2016年最後の追跡は、今年の有馬記念を勝利したサトノダイヤモンドについて触れていきます。サトノダイヤモンドの有馬記念制覇について考えられる未来は有馬記念の回顧(参考記事・傑作 第61回有馬記念回顧)である程度触れていきましたが、今回のこの記事ではこれまでのキャリアの中からピックアップしていきたい事項について話を進めていきます。

※早熟の証

今年の有馬記念を勝利したサトノダイヤモンドですが、1年前は阪神芝2000mの500万下を勝ち上がってきたばかりの競走馬でした。もっとも、年末に行われている阪神芝2000mの500万下以上のレースを勝ち上がってきた馬は数多く、阪神芝2000mの500万下、またはオープンクラスの2歳戦を勝ち上がってきた馬の中で、後に国内G1制覇を果たした馬は過去に16頭います。



◇1・八大競走勝ち馬となった”阪神芝2000mの500万下、またはオープンクラスの2歳戦を勝ち上がってきた馬”

【注1・馬名横の()内は勝ち上がってきた阪神芝2000m戦】

【注2・八大競走→五大クラシック、春秋天皇賞、有馬記念】

ハクタイセイ(1989年シクラメンS)…皐月賞(1990年)

ナリタタイシン(1992年ラジオたんぱ杯2歳S)…皐月賞(1993年)

タヤスツヨシ(1993年エリカ賞・ラジオたんぱ杯2歳S)…日本ダービー(1995年)

メジロブライト(1996年ラジオたんぱ杯2歳S)…天皇賞【春】(1998年)

アドマイヤベガ(1998年エリカ賞・ラジオたんぱ杯2歳S)…日本ダービー(1999年)

アグネスタキオン(2000年ラジオたんぱ杯2歳S)…皐月賞(2001年)

ザッツザプレンティ(2002年ラジオたんぱ杯2歳S)…菊花賞(2003年)

キングカメハメハ(2003年エリカ賞)…日本ダービー(2004年)

ロジユニヴァース(2008年ラジオNIKKEI杯2歳S)…日本ダービー(2009年)

エイシンフラッシュ(2009年エリカ賞)…日本ダービー(2010年)、天皇賞【秋】(2012年)

ヴィクトワールピサ(2009年ラジオNIKKEI杯2歳S)…皐月賞(2010年)、有馬記念(2010年)

エピファネイア(2012年ラジオNIKKEI杯2歳S)…菊花賞(2013年)



その上で、サトノダイヤモンドのように八大競走を勝ち上がってきた馬は12頭おり、格式の高いレースで滅法強いことが窺えます。特に春クラシックを勝ち上がってきた9頭については、ナリタタイシンを除いた8頭が阪神芝2000m戦の勝利を自身の連勝記録の中に残しており、成長性に富んだキャリアであるとも言えます。一方で、上記の12頭の中で古馬になってから国内のG1勝ちを収められた馬はメジロブライト、エイシンフラッシュ、エピファネイアの3頭しかいない上、古馬になってからレースに出られなかった馬がハクタイセイを筆頭に5頭おり、競走寿命を犠牲にして早くから高いパフォーマンスを発揮しているという向きもあります。

また、サトノダイヤモンドと同様に菊花賞が初G1制覇となったザッツザプレンティとエピファネイアについて触れると、菊花賞の次のレースではいずれも3着以内を確保したものの、その次のレースでは着外に敗れており、4歳上半期のG1戦線における存在感は希薄なものでした。ザッツザプレンティもエピファネイアもサトノダイヤモンドも、菊花賞後の臨戦過程がまるで異なるため、この懸念をそのまま当てはめるのは暴論のように思えますが、冒頭でリンクを貼った有馬記念の回顧記事の中で「3歳で有馬記念を勝った馬は、4歳上半期のキャリアの中で長期休養を余儀なくされたり、不可解な敗戦を見せるところがある」といった趣旨の話をしていますので、サトノダイヤモンドを名実共に日本一の競走馬と捉えるのは時期尚早と見ています。

※リベンジの始まり

さて、今回の有馬記念においては新旧菊花賞馬同士にワンツーフィニッシュとなりましたが、勝ったサトノダイヤモンドも2着のキタサンブラックも、皐月賞においては3着に入ってきていました。キタサンブラックは日本ダービーで初の着外を経験したものの、その後はG1レース3勝を含めて(5-2-1-0)と複勝率では100%を確保。そして、サトノダイヤモンドは日本ダービー2着の後に3連勝を果たし、この2頭が来年の日本競馬を引っ張っていくものと見られています。



◇2・皐月賞3着馬によるその後の国内G1勝ち【2000年以降】

ジャングルポケット(2001年)…日本ダービー(2001年)、ジャパンC(2001年)

タニノギムレット(2002年)…日本ダービー(2002年)

メイショウボーラー(2004年)…フェブラリーS(2005年)

エイシンフラッシュ(2010年)…◇1参照

ディープブリランテ(2012年)…日本ダービー(2012年)

キタサンブラック(2015年)…菊花賞(2015年)、天皇賞【春】(2016年)、ジャパンC(2016年)【現役】



ちなみに、2000年以降の皐月賞3着馬で後にG1勝ちを収めたのは、昨年のキタサンブラックまでで6頭いますが、彼らはいずれも初めて重賞勝ちを連勝の形で収めていました。サトノダイヤモンドも、皐月賞の前にきさらぎ賞を無敗の3連勝で勝ち上がっており、この時点である程度の活躍は見込まれていたということになりますが、G1を2勝以上したジャングルポケット、エイシンフラッシュ、そしてキタサンブラックはサトノダイヤモンドと同様に3歳になってから最初の重賞で勝利を収め、なおかつ自身にとって3回目の勝利だったということで、このようなキャリアを持つ皐月賞惜敗馬については来年以降のクラシックにおいて注意すべき存在になると見ています。

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馬雑談 | 20:02:17 | トラックバック(0) | コメント(0)
追跡・キタサンブラック 「日本競馬の大将」
明日から12月に入る2016年ですが、11月最後の日となった今日、チャンピオンズCの登録馬にアクシデントが続出しました。詳細についてはここで触れませんが、改めて”無事是名馬”の重要性を噛みしめると共に、残り1か月を何とか大禍なく過ごせていければと思います。

さて、11月30日も残すところあとわずかですが、今回の”追跡”では先日のジャパンCを制したキタサンブラックについて取り上げていきます。同期の春クラシック二冠馬ドゥラメンテの引退後に日本競馬のリーダー的な存在として認められつつあるキタサンブラックですが、この記事ではキタサンブラックが勝ち上がってきたG1を精査しつつ、今後紡がれていくであろう未来について占っていこうと思います。

※王道を極められるか

◇1・ジャパンCを1番人気で勝利した馬によるその後のG1勝ち

シンボリルドルフ(1985年)…有馬記念(1985年)

テイエムオペラオー(2000年)…有馬記念(2000年)、天皇賞【春】(2001年)

ゼンノロブロイ(2004年)…有馬記念(2004年)

ディープインパクト(2006年)…有馬記念(2006年)

ウオッカ(2009年)…なし

ジェンティルドンナ(2013年)…ドバイシーマクラシック(2014年)、有馬記念(2014年)



先日のジャパンCにおいてG1・3勝目をマークしたキタサンブラックですが、単勝1番人気に支持されて走ったのはジャパンCが二度目であり、前走京都大賞典に続いてのものでした。人気面ということで言えば遅咲きの部類に入る実績馬でしたが、昨年までのジャパンCにおいて単勝1番人気の身で制した馬は上記の6頭しかおらず、今回のキタサンブラックの勝利は彼らに匹敵する存在であることを大きく示す一戦となったと言えます。

その上で、次走を有馬記念としたディープインパクト以前の4頭はいずれも勝利を収めており、キタサンブラックが今年の有馬記念を制覇する確率は極めて高いものであるということが窺えます。



◇2・ジャパンCを勝ったクラシック優勝馬によるその後のG1勝ち【馬名横の()内は”ジャパンCを勝った年・勝利したクラシックレース”】

シンボリルドルフ(1985年・皐月賞、日本ダービー、菊花賞)…◇1参照

トウカイテイオー(1992年・皐月賞、日本ダービー)…有馬記念(1993年)

スペシャルウィーク(1999年・日本ダービー)…なし

テイエムオペラオー(2000年・皐月賞)…◇1参照

ジャングルポケット(2001年・日本ダービー)…なし

ディープインパクト(2006年・皐月賞、日本ダービー、菊花賞)…◇1参照

ウオッカ(2009年・日本ダービー)…◇1参照

ブエナビスタ(2011年・桜花賞、オークス)…なし

ジェンティルドンナ(2012年・桜花賞、オークス)…ジャパンC(2013年)、それ以降は◇1参照

ジェンティルドンナ(2013年・桜花賞、オークス)…◇1参照

エピファネイア(2014年・菊花賞)…なし



一方で、キタサンブラックは同期の春クラシック二冠馬ドゥラメンテ不在の中で菊花賞を制してきた競走馬ですが、3歳を終えた段階でG1・2勝以下のクラシックホースがジャパンCを勝った場合、その後の国内G1における数字が(3-5-0-5)と、どちらかというと勝ち切れていないところがあります。そんな中にあって、3歳を終えた段階でG1・2勝以下のクラシックホースがジャパンCを勝ち、その上でさらにG1勝ちを収められたトウカイテイオーとテイエムオペラオーは共に皐月賞馬でしたが、3歳を終えた段階でG1・3勝以上のクラシックホースでジャパンCを制してきたシンボリルドルフ、ディープインパクト、ジェンティルドンナの3頭がさらにG1勝ちを収めており、最初の一冠目を勝てるか否かによって、その後の競走生活が大きく左右されているという趣があります。

※”最強馬”へもう一歩

◇3・菊花賞制覇の翌年に天皇賞【春】を制した馬による、その後のG1勝ち【()内は天皇賞【春】を勝った年・1985年以降の天皇賞【春】から】

シンボリルドルフ(1985年)…ジャパンC(1985年)、有馬記念(1985年)

メジロマックイーン(1991年)…天皇賞【春】(1992年)、宝塚記念(1993年)

ライスシャワー(1993年)…天皇賞【春】(1995年)

ビワハヤヒデ(1994年)…宝塚記念(1994年)

マンハッタンカフェ(2002年)…なし

ヒシミラクル(2003年)…宝塚記念(2003年)

ディープインパクト(2006年)…宝塚記念(2006年)、ジャパンC(2006年)、有馬記念(2006年)



さて、キタサンブラックを語る上でもう一つ重要なキャリアとなるのが”菊花賞制覇の翌年に天皇賞【春】制覇”です。今年の天皇賞【春】を制したキタサンブラックは、ディープインパクト以来10年ぶりとなる”菊花賞制覇の翌年に天皇賞【春】制覇”を達成しましたが、過去にはマンハッタンカフェを除いた6頭が更なるG1制覇を果たしており、先日のジャパンCの勝利をもって7頭目に名乗りをあげることとなりました。また、天皇賞【春】の後にG1を勝てなかったマンハッタンカフェにしても、菊花賞と天皇賞【春】の間に有馬記念を勝利しており、”菊花賞制覇の翌年に天皇賞【春】制覇”を果たした馬は軒並みG1を3勝以上していることとなっていますが、天皇賞【春】の後に複数回G1制覇を果たしたシンボリルドルフ、メジロマックイーン、ディープインパクトの3頭は、いずれも明け4歳初戦で勝利を収めており、大阪杯2着が明け4歳初戦となったキタサンブラックが更なるG1制覇を果たさせるかどうかは微妙なところと言えます。

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馬雑談 | 23:31:16 | トラックバック(0) | コメント(0)
追跡・レオダーバン 「桃色帽子の菊花賞馬」
今日の午後2時ごろには枠順が発表される菊花賞。”速い馬が勝つ”とされる皐月賞、”運の良い馬が勝つ”とされる日本ダービーに対し、菊花賞は”強い馬が勝つ”と言われてきていますが、オルフェーヴルがクラシック三冠制覇を果たしたその後の4年間においては1枠の馬が2勝、2枠の馬が2勝と、内枠偏重のレースになっています。

そんな菊花賞において、大外枠である8枠から勝利を収めた馬は、平成に入って4頭いますが、その最初の優勝馬であるレオダーバンについてクローズアップし、今後の菊花賞に向けた参考記事の一つとして書き上げていこうと思います。

※”青葉賞からG1馬”への先駆者

今回取り上げるレオダーバンは、1991年の菊花賞馬です。同期には春クラシック二冠を無敗で制したトウカイテイオーがいますが、トウカイテイオーは骨折で菊花賞出走を断念しており、大本命馬不在の中で菊花賞制覇を果たすことになりました。その後レオダーバン自身も怪我に泣かされ、菊花賞後はわずか2戦しか走れずに現役を引退。後継馬にも恵まれずに、種牡馬引退後に消息を絶つという数奇な生涯を過ごしてきました。

そんなレオダーバンですが、日本ダービーと同じ東京芝2400mの3歳戦として行われる青葉賞の優勝馬の中で、唯一のクラシックホースでもあります。青葉賞が重賞に格上げされたのは1994年のことになりますが、その3年前の優勝馬であるレオダーバンは日本ダービーでトウカイテイオーの2着に入り、セントライト記念の3着を挟んで菊花賞馬となりました。そして、レオダーバンが青葉賞の後に刻んだ蹄跡が現代の日本競馬の躍進に大きな影響をもたらしていることが窺えるのが下記のまとめになります。



◇日本ダービーで2着に入った青葉賞優勝馬によるその後の国内G1・3着以内入線実績

エアダブリン(1994年)…菊花賞(1994年・3着)、宝塚記念(1995年・3着)

シンボリクリスエス(2002年)…天皇賞【秋】(2002年・1着、2003年・1着)、有馬記念(2002年・1着、2003年・1着)、ジャパンC(2002年・3着、2003年・3着)

ゼンノロブロイ(2003年)…天皇賞【秋】(2004年・1着、2005年・2着)、ジャパンC(2004年・1着、2005年・3着)、有馬記念(2004年・1着、2003年・3着)、天皇賞【春】(2004年・2着)、宝塚記念(2005年・3着)

アドマイヤメイン(2006年)…菊花賞(2006年・3着)

ウインバリアシオン(2011年)…菊花賞(2011年・2着)、有馬記念(2013年・2着)、天皇賞【春】(2014年・2着、2012年・3着)

フェノーメノ(2012年)…天皇賞【春】(2013年・1着、2014年・1着)、天皇賞【秋】(2012年・2着)



青葉賞を勝利して日本ダービーで2着になった馬の中でG1馬となれたのはレオダーバン以外に3頭いますが、いずれもレオダーバンと同じ関東馬であり、関西馬にとって東京芝2400mの連戦がいかにタフかが窺い知れます。G1馬になれたシンボリクリスエス、ゼンノロブロイ、フェノーメノにしても、レオダーバンと同様に後に半年以上の休養を経験しているので、青葉賞と日本ダービーを連続好走すること自体がその後の競走生活に波乱をもたらす要素とも言えますが、上記の6頭はいずれも3歳秋のG1で一度は3着以内入線を果たしており、競走能力の高さに関しては疑いようがないところを見せていると言えます。

※”8枠の菊花賞馬”が持っていた共通項

さて、冒頭でも触れたように、レオダーバンは平成の菊花賞において初めて8枠に入った優勝馬となりました。その後、8枠に入った菊花賞馬は3頭誕生しておりますが、菊花賞の後に勝利を収められたのは、2004年の菊花賞馬であるデルタブルースただ1頭です。

そんな”8枠の菊花賞馬”ですが、4頭の優勝馬には3歳上半期の中で東京芝のレースを勝ち上がってきたという共通点を有していました。



◇”8枠の菊花賞馬”が勝利していた”3歳上半期における東京芝のレース”

レオダーバン(1991年)…青葉賞

ダンスインザダーク(1996年)…プリンシパルS(当時東京芝2200m)

デルタブルース(2004年)…3歳500万下(東京芝2400m)

ソングオブウインド(2006年)…夏木立賞



11月に行われていた1999年以前の”8枠の菊花賞馬”による”3歳上半期における東京芝のレースの勝利”はいずれもオープンクラスのレースで、レオダーバンもダンスインザダークも日本ダービーで2着に入ってきた強豪馬でした。これに対し、現行の開催時期となった2000年以降の”8枠の菊花賞馬”による”3歳上半期における東京芝のレースの勝利”はいずれも500万下のレースで、クラシック未出走馬による逆襲でした。その上で、上記の4頭に関してはいずれも皐月賞未出走馬であったという共通点も有していますが、後に海外G1のメルボルンCを勝利したデルタブルースはレオダーバンも含む他の3頭と違い、菊花賞の勝利が初めての重賞3着以内入線実績であり、”大外枠の菊花賞馬”に留まらないためには、菊花賞の前に中距離適性の高さを見せないことが重要であるように思われます。

テーマ:中央競馬 - ジャンル:ギャンブル

馬雑談 | 07:06:08 | トラックバック(0) | コメント(0)
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