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まつり駿楽

Author:まつり駿楽
血統、ベストパフォーマンス、実績の関係性を重視した競馬予想とクラシックの展望などをしています。2012年2月3日よりキルトクール株式会社の神官として入社し、twitterやmixiを密かに更新中。fc2小説ページにて執筆活動も展開しています。

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追跡・特別編 「マヤノトップガンVSサクラローレルの1997年天皇賞【春】」
今週はG1が一休みの週となりましたが、来週から6週連続にわたってG1レースの開催があります。そのオープニングを飾るのが、国内の平地G1の中で最も距離が長い天皇賞【春】ですが、今年は2015年の菊花賞馬にして昨年の年度代表馬であるキタサンブラックと昨年の菊花賞馬にして昨年の最優秀3歳牡馬に選出されたサトノダイヤモンドの有馬記念以来となる対決に大きな注目が集まっています。天皇賞【春】における二強対決というと、前年の天皇賞【春】優勝馬メジロマックイーンと前年の春クラシック二冠を無敗で制したトウカイテイオーとの対決や、前々年の年度代表馬ナリタブライアンと前年の年度代表馬マヤノトップガンとの対決、あるいは前年のステイヤーズSを大差勝ちしたメジロブライトと前年の有馬記念優勝馬シルクジャスティスとの対決が真っ先に浮かび上がるところですが、いずれのレースともに片方の馬が着外に敗れ、拍子抜けの結果に終わったりもしていました。

そういった歴史のある天皇賞【春】の中で、上位人気2頭が共にG1馬で、ワンツーフィニッシュを決めた直近のレースが、前年の天皇賞【春】で5着に敗れた後の宝塚記念制覇で何とか面目を保っていたマヤノトップガンと前年の天皇賞【春】優勝馬にして年度代表馬にも選ばれたサクラローレルが対決した1997年の天皇賞【春】です。このレースには”平成の盾男”武豊騎手を背にして前年に重賞を4連勝した上で有馬記念で2着に入り、前走大阪杯を快勝していたマーベラスサンデーがおり、実質的には前述の2頭と合わせて三強対決と目されていましたが、今回の追跡では1997年の天皇賞【春】を迎えるにあたってのマヤノトップガンとサクラローレルの2頭にスポットライトを当ててみようと思います。

※最高のステイヤーの足跡を追いかけたマヤノトップガン

まず、1995年の3歳時(現表記)に菊花賞と有馬記念を制してきたマヤノトップガンについてですが、1996年は阪神大賞典から始動してナリタブライアンとの叩き合いで敗れると、その次走となった天皇賞【春】では阪神大賞典の再現を期待されながらも直線で失速し、勝ったサクラローレルから大きく離されての5着に敗れてしまいました。その後、宝塚記念においてはナリタブライアン、サクラローレル不在の中で勝利を収めたものの、秋に入ってからは一度も勝てず、1997年の走りはそういったうっ憤を晴らすための戦いでもありました。



◇G1勝ちのある阪神大賞典優勝馬による天皇賞【春】の成績【3月開催となった1987年以降】

メジロマックイーン(1991年・中京)…1着

メジロマックイーン(1992年)…1着

メジロパーマー(1993年)…3着

ナリタブライアン(1995年・京都)…不出走

ナリタブライアン(1996年)…2着



そんな中で、1997年のマヤノトップガンは前年と同様に阪神大賞典から始動し、2着のビッグシンボルに対して3馬身半の差をつけて勝利しましたが、G1馬が阪神大賞典を勝利し、その上で天皇賞【春】に出走してこられた例はこの当時においては4回あり、そのいずれもが3着以内に入ってきていました。こと菊花賞馬に関して言えば(2-1-0-0)となっており、マヤノトップガンと同じように菊花賞が初G1制覇だったメジロマックイーンは1991年、1992年共に天皇賞【春】も制していたことから、5着に敗れた昨年のリベンジを果たすチャンスは大いにあったと言えます。

※鉄砲駆けの名馬にして中山競馬場のスターホースであったサクラローレル

一方、1996年の天皇賞【春】において同期のクラシック三冠馬ナリタブライアンや前年の年度代表馬であるマヤノトップガンを打ち負かしたサクラローレルは、天皇賞【春】優勝後に3戦しており、オールカマーと有馬記念を制して年度代表馬に選出されていました。その上で、1997年のサクラローレルは前年までの境勝太郎厩舎から1995年の目黒記念まで騎手としてコンビを組んできた小島太厩舎に転厩し、その初戦に選ばれたのが天皇賞【春】でした。



◇3か月以上の休み明けで出走したレース

佐渡S(900万下特別・4か月)…3着

中山記念(G2・1年と半月)…1着

オールカマー(G2・4か月半)…1着



天皇賞【春】が年内初戦となる異例のローテーションを組んできたサクラローレルでしたが、1996年の天皇賞【春】を勝利する一つ前のレースとなった中山記念において1年以上のブランクがありながら前年の皐月賞馬ジェニュインらを相手に勝利してきたように、休み明けには滅法強い成績を残してきていました。

また、サクラローレルは中山競馬場でのレースを得意としており、”3歳以上、または4歳以上”(現表記)のレースでは5戦無敗としてきていましたが、次のレースにおいて中山競馬場から違う競馬場に出走してきた場合も(2-2-2-0)と3着以内率を100%としており、中山競馬場でのレースの勢いをそのまま持ち込んでいける競走馬でもありました。

※古馬混合の芝3000m以上のレースを勝ち上がってきた馬によるワンツーフィニッシュ

こうした戦前の流れを踏まえた中で、マヤノトップガンとの直接対決を3勝1敗としていたサクラローレルが1番人気に支持され、サクラローレルとの直接対決に後れを取っていたマヤノトップガンが2番人気に甘んじていましたが、レースではインで終始我慢の競馬をしてきたマヤノトップガンに対し、サクラローレルは3番人気のマーベラスサンデーから徹底的なマークに遭い、2周目の3コーナーでは両者が2番手に立つ形に持ち込まれました。そして迎えた最後の直線では、サクラローレルとマーベラスサンデーの叩き合いが繰り広げられる中で、何とかサクラローレルが前に出かかりますが、その外からマヤノトップガンが末脚を爆発させ、当時のレースレコードを2秒7も更新して、マヤノトップガンが1着に入り、そこから1馬身4分の1の差でサクラローレルが2着に入ってきました。

さて、1997年の天皇賞【春】でワンツーフィニッシュを決めたマヤノトップガンとサクラローレルは、両者共に古馬混合の芝3000m以上のレースを勝ち上がってきた馬でしたが、冒頭で触れた三つの二強対決においては、後れを取った馬の方に古馬混合の芝3000m以上のレースを勝ち上がってきた実績がありませんでした。そういった意味では「二強並び立たず」の形は必然的な結果だったようにも思われますが、1998年以降の天皇賞【春】において、古馬混合の芝3000m以上のレースを勝ち上がってきた馬によるワンツーフィニッシュとなったのは以下のようなものとなっています。



◇天皇賞【春】における古馬混合の芝3000m以上のレースを勝ち上がってきた馬によるワンツーフィニッシュ【1998年以降・()内は古馬混合の芝3000m以上のレースにおける直近の勝利】

・1999年

1着・スペシャルウィーク(1999年阪神大賞典)

2着・メジロブライト(1998年天皇賞【春】)

・2000年

1着・テイエムオペラオー(2000年阪神大賞典)

2着・ラスカルスズカ(2000年万葉S)

・2006年

1着・ディープインパクト(2006年阪神大賞典)

2着・リンカーン(2004年阪神大賞典)

・2008年

1着・アドマイヤジュピタ(2008年阪神大賞典)

2着・メイショウサムソン(2007年天皇賞【春】)

・2015年

1着・ゴールドシップ(2015年阪神大賞典)

2着・フェイムゲーム(2015年ダイヤモンドS)



天皇賞【春】において、古馬混合の芝3000m以上のレースを勝ち上がってきた馬によるワンツーフィニッシュが決まったのは、1998年以降では5回ありますが、そのいずれもが前走阪神大賞典優勝馬が1着となっています。一方で、1着馬と2着馬が1番人気と2番人気だった例は2006年の1回だけに留まっており、”二強”が並び立つ構図が作られることの難しさが浮かび上がってきますが、前走阪神大賞典1着馬が1番人気に支持されて勝利した1999年、2000年、2006年の2着馬は、いずれも京都芝2400m以上の古馬混合のオープンクラスを勝ち上がってきており、その上で過去に前走阪神大賞典優勝馬の次位で走ったことがある馬たちでした。また、前走阪神大賞典優勝馬が1番人気ではなかった2008年、2015年の2着馬は、直近の重賞勝利が東京芝のレースとなっていました。

その上で、今年のレースについて展望していくと、サトノダイヤモンドが1番人気に支持されるのであれば、キタサンブラックとの二強決着も現実味を帯びてきそうですが、枠順次第ではアドマイヤデウスやタマモベストプレイ辺りにもチャンスは芽生えそうです。逆にキタサンブラックが1番人気に支持されるようであれば、アルバート、シュヴァルグランの台頭を警戒しておきたいところです。

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馬雑談 | 21:05:20 | トラックバック(0) | コメント(0)
追跡・スーパークリーク 「初代・平成の盾男」
今年からG1に昇格した大阪杯。かつては関西馬にとっての天皇賞【春】、もしくは安田記念に向けての前哨戦の一つに位置付けられていた重賞でしたが、時を経てその役割が変わっていき、とうとう春の中距離G1としての役割を担うこととなりました。もっとも、大阪杯、天皇賞【春】、宝塚記念といった”関西古馬上半期の三冠戦”を全て制した馬には報奨金があるとのことで、そのオープニングも兼ねたレースになっていますが、今回の追跡では大阪杯の勝利をステップに天皇賞【春】制覇に繋げていったスーパークリークについて触れていくことにしました。

※1200m差を問題にせず

スーパークリークは、地方から中央入りを果たしてG1を制したオグリキャップ、イナリワンと共に「初代・平成三強」の一角を担った競走馬で、平成元年(1989年)の天皇賞【秋】ではオグリキャップやイナリワンを負かして、天皇賞馬となりました。その後、ジャパンC・4着、有馬記念・2着というキャリアを経て迎えた1990年、スーパークリークは大阪杯から始動して天皇賞【春】へと向かいました。

◇大阪杯を使って天皇賞【春】を制した馬【1989年以降】

スーパークリーク(1990年)

テイエムオペラオー(2001年)

ヒシミラクル(2003年)

メイショウサムソン(2007年)

ヒルノダムール(2011年)

キタサンブラック(2016年)



スーパークリークは大阪杯、天皇賞【春】と連勝し、コンビを組んでいた武豊騎手を「平成の盾男」に導くことになりましたが、そもそも大阪杯をステップに天皇賞【春】を制した例は、平成に入ってからでは上の6例に留まっています。しかも、2001年のテイエムオペラオーに関しては前年の2000年に天皇賞【春】を制しており、天皇賞【春】初挑戦という部分では5頭しか結果を残せていない格好になりますが、上記の6頭はいずれもクラシックの連対馬で、クラシックで結果を残した大阪杯出走馬は天皇賞【春】でも好走のチャンスがあるとも言えなくもありません。

※2年以上前の菊花賞馬による天皇賞【春】制覇の難しさ

今年の天皇賞【春】は、昨年の有馬記念に続いて菊花賞馬同士の対決が繰り広げられることが見込まれていますが、実現すると天皇賞【春】における菊花賞馬同士の対決は2年連続となります。昨年は4歳馬のキタサンブラックが勝利を収め、菊花賞のレースレコードホルダーである5歳馬のトーホウジャッカルは5着に甘んじていましたが、天皇賞【春】において5歳以上の菊花賞馬が制したケースは平成に入ってからでは5回あります。

ただ、そのうちの2回は4歳の時に一度天皇賞【春】制覇を果たしていた馬たちが達成しており、5歳以上になってから初めて天皇賞【春】制覇を果たしたケースはスーパークリークを含めてわずかに3頭しかいません。

◇3歳時に菊花賞を制し、5歳以上になってから天皇賞【春】を初めて制した馬【1989年以降】

スーパークリーク(1990年)

マヤノトップガン(1997年)

ゴールドシップ(2015年)



スーパークリーク以外の2頭については、4歳の時の天皇賞【春】において敗北を喫しており、天皇賞【春】への適性が危ぶまれたところからの逆転劇を果たしたという見方もできますが、この3頭の共通点としては、勝利を収めた時の天皇賞【春】がフルゲートでなかったことに加え、菊花賞の後に芝3000m未満のG1を勝っている馬であるというところがあります。マヤノトップガンとゴールドシップは菊花賞の後に有馬記念を勝ったものの、4歳の時の天皇賞【春】では共に5着に沈んでしまいましたが、5着に敗れた後の宝塚記念において巻き返しを果たしており、これが二回目以降の天皇賞【春】においてリベンジを果たせた秘訣といったところではなかろうかと思われます。

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馬雑談 | 19:50:43 | トラックバック(0) | コメント(0)
追跡・タニノギムレット 「異能のダービー馬」
10日以上前となる先週月曜日に本放送があり、今週の月曜にも再放送があったNHKのオグリキャップの番組。私の競馬の原点はオグリキャップにあり、今でも競走馬の中で最も好きなのがオグリキャップだったりしますが、NHKのオグリキャップの番組については再放送分を録画したものの、未だに見られておらず、折を見つけてその録画分を視聴して感想をここに載せようかなと考えています。

さて、オグリキャップと言えば1988年に笠松競馬から中央入りを果たしましたが、その初陣を飾ったのが、今週行われるアーリントンCの前身とも言えるペガサスSです。当時、1コーナーのポケットからのスタートだった阪神芝1600mの4歳馬(注・現表記で3歳馬)限定重賞で、オグリキャップが走った年が2回目の開催でしたが、その舞台でオグリキャップは2番人気の支持に甘んじながらも、レースでは1番人気に支持されたラガーブラックに対して3馬身差をつけて勝利し、そこから平成の競馬ブームの立役者となっていきました。ペガサスSの開催はわずか5回に終わり、その役割が今のアーリントンCに引き継がれていきましたが、そのアーリントンCの優勝馬にして唯一クラシックレースを勝ち上がっているタニノギムレットを今回の”追跡”に取り上げていこうと思います。

※マイルを極めてダービー制覇

今回取り上げるタニノギムレットは2002年の日本ダービー馬で、その5年後に娘のウオッカがダービー制覇を果たしたことにより、21世紀の日本競馬で最初の「ダービー馬はダービー馬から」を実現させました。残念なことに、日本ダービー後は怪我の影響で一戦も走ることができませんでしたが、皐月賞、NHKマイルC、日本ダービーの3歳G1三連戦を完走し、全て3着以内に入った上でダービー馬に上り詰めていったその道程は、まさに執念の結実とも言えるようなものでした。



◇2000年以降の日本ダービー馬で芝1600m重賞勝ちがある馬

タニノギムレット(2002年)…シンザン記念、アーリントンC

キングカメハメハ(2004年)…NHKマイルC

ウオッカ(2007年)…阪神ジュベナイルフィリーズ、チューリップ賞

ディープスカイ(2008年)…NHKマイルC



さて、2000年以降の日本ダービーにおいて芝1600m重賞勝ちがあった馬による勝利は、上記の4頭に留まっています。タニノギムレット以外は全てG1のマイル戦を勝ち上がっており、ダービーを勝つためのマイル戦勝利はG1以外は無益といった趣すらありますが、タニノギムレットを含めた上記の4頭に共通しているのが”重賞2勝目がマイル戦だった”ことで、結果的にはタニノギムレットのアーリントンC制覇はダービー制覇の一助になったという見方もできます。

もっとも、上記4頭の中で古馬のG1を勝てたのはウオッカだけで、タニノギムレットとキングカメハメハが3歳秋のG1に一度も出ることなく現役を引退しているように、マイル戦に重きを置いて日本ダービーを目指すローテーションはリスクの高いものであるということが窺えます。

※真の実力が試される”スプリングS制覇からの皐月賞好走”

さて、シンザン記念、アーリントンCとマイルの重賞を連勝していったタニノギムレットはその次走に皐月賞トライアルであるスプリングSに出走し、後のNHKマイルC優勝馬であるテレグノシスらを相手に勝利を収めました。その後、皐月賞、NHKマイルCと続けて3着に入った上でダービー制覇へと漕ぎ着けましたが、スプリングSを勝った上で皐月賞も3着以内に入ってきた馬は将来有望であることが多くなっています。



◇皐月賞で3着以内に入ったスプリングS優勝馬によるその後のG1勝ち【2000年以降・馬名横の()内は出走年・皐月賞の着順】

ダイタクリーヴァ(2000年・2着)…なし

タニノギムレット(2002年・3着)…日本ダービー(2002年)

ネオユニヴァース(2003年・1着)…日本ダービー(2003年)

メイショウサムソン(2006年・1着)…日本ダービー(2006年)、天皇賞【春】(2007年)、天皇賞【秋】(2007年)

アンライバルド(2009年・1着)…なし

オルフェーヴル(2011年・1着)…日本ダービー(2011年)、菊花賞(2011年)、有馬記念(2011年・2013年)、宝塚記念(2012年)

ロゴタイプ(2013年・1着)…安田記念(2016年) 【現役】

キタサンブラック(2015年・3着)…菊花賞(2015年)、天皇賞【春】(2016年)、ジャパンC(2016年) 【現役】



前段の”重賞2勝目がマイル戦だった”ことよりも有意義なデータではないかと思わせる”スプリングS制覇からの皐月賞好走馬”による出世具合ですが、日本ダービーの成績に限った話をすれば(4-0-0-4)と、勝つか大敗かという趣があります。その上で日本ダービーを勝った4頭について触れると、スプリングSにおいて上がり3ハロン最速の馬が自身を含めて3着以内に入っており、自身の末脚の威力もさることながら相手の末脚の威力も認めた上でスプリングS制覇を果たすことが、スプリングSから日本ダービー制覇を目指す王道と言えます。

一方で、日本ダービーを勝てずとも、後にG1制覇を果たしたロゴタイプとキタサンブラックの2頭は、スプリングS制覇時に3歳重賞勝ち馬を2着に従えていました。このことから、スプリングS優勝馬による出世の可否については直近に発揮した自身、あるいは相手の実力を見定めた上で判断できるのではないかと考えています。

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馬雑談 | 13:30:08 | トラックバック(0) | コメント(0)
追跡・サウンドトゥルー 「現代競馬の異端児」
発表から既に2週間以上が経過しましたが、先日1月10日に、2016年度のJRA賞が発表されました。年度代表馬には、最優秀4歳以上牡馬のタイトルを得ていたキタサンブラックが、最優秀4歳以上牡馬と最優秀短距離馬で次点の扱いを受けていたモーリスに対して44票差をつけて選出されましたが、投票数の過半数から選ばれたわけではないところに、2016年の競馬の難しさが垣間見られるような気がしています。

一方で、今回のJRA賞受賞馬で一際興味を抱いたのが、最優秀ダート馬に選出されることになったサウンドトゥルーです。2016年の勝利は12月のチャンピオンズCのみで、「チャンピオンズCがダートの有馬記念」といった見方もしたくなるところもありましたが、せん馬によるJRA賞受賞は2004年に最優秀障害馬に選ばれたブランディス以来の出来事で、平地競走馬による選出ということで言えば、今は無き最優秀父内国産馬に選出された2002年のトウカイポイント以来となりました。せん馬に関してはクラシックレースや一部レースへの出走に規制がかかっており、仮に有馬記念等の芝中長距離のG1を複数回勝つようなことになった場合、該当する部門賞が見当たらないことから、ただで少ないせん馬の活躍を称える機会がより少ないものになっている上、年度代表馬への選出が極めて困難なのではないかと思わされましたが、今回はそんなサウンドトゥルーについて触れていこうと思います。

※長期間の活躍が困難な”せん馬のG1馬”

繁殖能力のある牡馬として誕生しながら、気性改善、競走時の危険抑制等の目的で去勢されることによって生まれるせん馬。日本におけるせん馬は前述の通りクラシックレースや一部のレースの出走が出来なくなっており、せん馬が競走馬の大半を占めている香港競馬やケンタッキーダービー、プリークネスS、ベルモントSにせん馬が出走ができるアメリカと比べると、日本において現役時代に去勢出術を施すことは少ない方になります。

そんな中にあって、サウンドトゥルーは昨年のチャンピオンズCを制していきましたが、JRAの平地G1をせん馬が勝ったケースは昨年のサウンドトゥルーの件も含めて12回あり、日本で調教されたせん馬によるJRA平地G1の勝利は4回あります。



◇JRA平地G1制覇を果たしたせん馬による、その後の成績

レガシーワールド(1993年ジャパンC)…(0-0-0-14)

マーベラスクラウン(1994年ジャパンC)…(0-0-0-5)

トウカイポイント(2002年マイルCS)…(0-0-1-1)



上記にまとめた過去の3頭について触れていくと、レガシーワールドとマーベラスクラウンは京都大賞典の連対をステップにジャパンC制覇に結び付け、トウカイポイントは前哨戦の富士Sを5着に敗れたものの、その半年以上前に中山記念をコースレコードで勝ち上がってきた、いわゆる脂ののってきた馬たちでした。しかし、3頭のその後を見ていくと、トウカイポイントがマイルCS制覇の直後に出走した香港マイルの3着が最高で、あとは全て着外に終わっています。最も多く走ったレガシーワールドは4回最下位を経験した上で1996年の宝塚記念8着を最後に現役を引退、マーベラスクラウンとトウカイポイントはレース中の故障が原因で競走中止となったのが現役最後のレースとなっており、G1を勝った後に待っていた没落具合が尋常ならざるものとなっています。

一方、サウンドトゥルーについては、チャンピオンズC制覇の後に出走した東京大賞典では3着に終わり、その次走の走りこそがサウンドトゥルーが続けるであろう現役生活の明暗を分けそうな雰囲気がありますが、サウンドトゥルーは昨年のチャンピオンズCを勝つ前に既に一昨年の東京大賞典においてG1馬の仲間入りを果たしており、一気の燃え尽き症候群に陥っていった過去3頭とは異なるキャリアを積める可能性が高いのではないかと考えています。

※既に”常識破り”

さて、先ほどの記述の中で、「サウンドトゥルーがせん馬の中で例外的存在になるのではないか」といった趣旨のことを書き連ねてきましたが、既にサウンドトゥルーには過去の悪習に囚われない競走実績があります。



◇初めてのダートG1制覇が東京大賞典だった馬による、その後のG1成績【国内外全て・現行の大井2000m戦となった1998年以降】

ワールドクリーク(1999年)…(0-0-0-8)

スターキングマン(2003年)…(0-1-1-5)

ローマンレジェンド(2012年)…(0-0-2-7)



サウンドトゥルーが初めてダートG1を勝ったのは2015年の東京大賞典でしたが、そこから昨年のチャンピオンズC出走前までのダートG1成績は(0-1-3-1)と、チャンピオンズCを勝つ前から以前の”東京大賞典において初のダートG1制覇を果たした馬”とは異なる安定性の高さを誇っていました。その上で、チャンピオンズCの制覇によって日本のせん馬としては初めてとなる”国内G1を複数回勝利した馬”として名乗りをあげることになったサウンドトゥルーですが、仮に次週の川崎記念を勝利すると、2005年の川崎記念優勝馬であるタイムパラドックスや2012年の川崎記念優勝馬であるスマートファルコンと同じ”3年連続ダートG1制覇”を達成することとなり、ダート競馬の歴史の中にあっても屈指の強豪と名を連ねることになります。

また、サウンドトゥルーの実績でもう一つ興味深いのが、ダート1800m戦における堅実無比の走りで、去勢前に(0-0-3-0)とした上で、去勢後の成績を(4-1-2-0)とし、うち2勝が重賞勝ちとなっています。この数字を見るだけでも、今年のチャンピオンズCにおける有力候補の1頭であることは疑いようもありませんが、実際に勝利を収めることになれば、前述の”3年連続ダートG1制覇”に加え、ジャパンCダート時代を含めても初めてとなるチャンピオンズC連覇も果たすことになり、フェブラリーS連覇を果たしたコパノリッキーと並び立つ存在になります。

しかし、いずれにしても、”日本におけるせん馬の歴史”にサウンドトゥルーは大きな足跡を残してきており、既にオグリキャップやトウカイテイオー、あるいはディープインパクトやオルフェーヴルのような伝説的な名馬と言っても過言ではない存在になっていると、筆者は考えています。

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馬雑談 | 22:48:07 | トラックバック(0) | コメント(0)
追跡・サトノダイヤモンド 「道半ばの輝き」
有馬記念の開催を終えて早4日、2016年もあと3日となりましたが、2016年最後の追跡は、今年の有馬記念を勝利したサトノダイヤモンドについて触れていきます。サトノダイヤモンドの有馬記念制覇について考えられる未来は有馬記念の回顧(参考記事・傑作 第61回有馬記念回顧)である程度触れていきましたが、今回のこの記事ではこれまでのキャリアの中からピックアップしていきたい事項について話を進めていきます。

※早熟の証

今年の有馬記念を勝利したサトノダイヤモンドですが、1年前は阪神芝2000mの500万下を勝ち上がってきたばかりの競走馬でした。もっとも、年末に行われている阪神芝2000mの500万下以上のレースを勝ち上がってきた馬は数多く、阪神芝2000mの500万下、またはオープンクラスの2歳戦を勝ち上がってきた馬の中で、後に国内G1制覇を果たした馬は過去に16頭います。



◇1・八大競走勝ち馬となった”阪神芝2000mの500万下、またはオープンクラスの2歳戦を勝ち上がってきた馬”

【注1・馬名横の()内は勝ち上がってきた阪神芝2000m戦】

【注2・八大競走→五大クラシック、春秋天皇賞、有馬記念】

ハクタイセイ(1989年シクラメンS)…皐月賞(1990年)

ナリタタイシン(1992年ラジオたんぱ杯2歳S)…皐月賞(1993年)

タヤスツヨシ(1993年エリカ賞・ラジオたんぱ杯2歳S)…日本ダービー(1995年)

メジロブライト(1996年ラジオたんぱ杯2歳S)…天皇賞【春】(1998年)

アドマイヤベガ(1998年エリカ賞・ラジオたんぱ杯2歳S)…日本ダービー(1999年)

アグネスタキオン(2000年ラジオたんぱ杯2歳S)…皐月賞(2001年)

ザッツザプレンティ(2002年ラジオたんぱ杯2歳S)…菊花賞(2003年)

キングカメハメハ(2003年エリカ賞)…日本ダービー(2004年)

ロジユニヴァース(2008年ラジオNIKKEI杯2歳S)…日本ダービー(2009年)

エイシンフラッシュ(2009年エリカ賞)…日本ダービー(2010年)、天皇賞【秋】(2012年)

ヴィクトワールピサ(2009年ラジオNIKKEI杯2歳S)…皐月賞(2010年)、有馬記念(2010年)

エピファネイア(2012年ラジオNIKKEI杯2歳S)…菊花賞(2013年)



その上で、サトノダイヤモンドのように八大競走を勝ち上がってきた馬は12頭おり、格式の高いレースで滅法強いことが窺えます。特に春クラシックを勝ち上がってきた9頭については、ナリタタイシンを除いた8頭が阪神芝2000m戦の勝利を自身の連勝記録の中に残しており、成長性に富んだキャリアであるとも言えます。一方で、上記の12頭の中で古馬になってから国内のG1勝ちを収められた馬はメジロブライト、エイシンフラッシュ、エピファネイアの3頭しかいない上、古馬になってからレースに出られなかった馬がハクタイセイを筆頭に5頭おり、競走寿命を犠牲にして早くから高いパフォーマンスを発揮しているという向きもあります。

また、サトノダイヤモンドと同様に菊花賞が初G1制覇となったザッツザプレンティとエピファネイアについて触れると、菊花賞の次のレースではいずれも3着以内を確保したものの、その次のレースでは着外に敗れており、4歳上半期のG1戦線における存在感は希薄なものでした。ザッツザプレンティもエピファネイアもサトノダイヤモンドも、菊花賞後の臨戦過程がまるで異なるため、この懸念をそのまま当てはめるのは暴論のように思えますが、冒頭でリンクを貼った有馬記念の回顧記事の中で「3歳で有馬記念を勝った馬は、4歳上半期のキャリアの中で長期休養を余儀なくされたり、不可解な敗戦を見せるところがある」といった趣旨の話をしていますので、サトノダイヤモンドを名実共に日本一の競走馬と捉えるのは時期尚早と見ています。

※リベンジの始まり

さて、今回の有馬記念においては新旧菊花賞馬同士にワンツーフィニッシュとなりましたが、勝ったサトノダイヤモンドも2着のキタサンブラックも、皐月賞においては3着に入ってきていました。キタサンブラックは日本ダービーで初の着外を経験したものの、その後はG1レース3勝を含めて(5-2-1-0)と複勝率では100%を確保。そして、サトノダイヤモンドは日本ダービー2着の後に3連勝を果たし、この2頭が来年の日本競馬を引っ張っていくものと見られています。



◇2・皐月賞3着馬によるその後の国内G1勝ち【2000年以降】

ジャングルポケット(2001年)…日本ダービー(2001年)、ジャパンC(2001年)

タニノギムレット(2002年)…日本ダービー(2002年)

メイショウボーラー(2004年)…フェブラリーS(2005年)

エイシンフラッシュ(2010年)…◇1参照

ディープブリランテ(2012年)…日本ダービー(2012年)

キタサンブラック(2015年)…菊花賞(2015年)、天皇賞【春】(2016年)、ジャパンC(2016年)【現役】



ちなみに、2000年以降の皐月賞3着馬で後にG1勝ちを収めたのは、昨年のキタサンブラックまでで6頭いますが、彼らはいずれも初めて重賞勝ちを連勝の形で収めていました。サトノダイヤモンドも、皐月賞の前にきさらぎ賞を無敗の3連勝で勝ち上がっており、この時点である程度の活躍は見込まれていたということになりますが、G1を2勝以上したジャングルポケット、エイシンフラッシュ、そしてキタサンブラックはサトノダイヤモンドと同様に3歳になってから最初の重賞で勝利を収め、なおかつ自身にとって3回目の勝利だったということで、このようなキャリアを持つ皐月賞惜敗馬については来年以降のクラシックにおいて注意すべき存在になると見ています。

テーマ:中央競馬 - ジャンル:ギャンブル

馬雑談 | 20:02:17 | トラックバック(0) | コメント(0)
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