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まつり駿楽

Author:まつり駿楽
血統、ベストパフォーマンス、実績の関係性を重視した競馬予想とクラシックの展望などをしています。2012年2月3日よりキルトクール株式会社の神官として入社し、twitterやmixiを密かに更新中。fc2小説ページにて執筆活動も展開しています。

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追跡・アウォーディー 「ダート界の帝王へ」
先週の日曜日の開催をもって上半期の開催を全て終えた中央競馬ですが、明日水曜日には、大井競馬場で交流G1の帝王賞が行われます。今年は17年ぶりにフルゲートの16頭立てのレースになりましたが、今回のこの記事では、今年の帝王賞で1番人気になることが見込まれているアウォーディーを”追跡”していこうと思います。

※日本のダートG1で最も”偉い”レース?

今回”追跡”の対象としたアウォーディーは、同期の日本ダービー馬がキズナという7歳牡馬で、父は2001年の日本ダービー馬ジャングルポケット、母は2005年の秋の天皇賞馬ヘヴンリーロマンスという血統馬です。血統だけを考えれば芝の重賞で活躍しても不思議ではなく、過去には目黒記念において勝ち馬とタイム差なしの4着に入ってきた実績もありますが、一昨年の9月からダート路線に転向すると、そこから昨年のJBCクラシックまで6連勝を飾り、一躍の日本ダート界のトップホースに上り詰めることになりました。



◇1・JBCクラシックでダートG1初制覇を果たした馬による、その後のG1勝ち

アドマイヤドン(2002年・盛岡)…南部杯(2003年)、JBCクラシック(2003年、2004年)、フェブラリーS(2004年)

スマートファルコン(2010年・船橋)…東京大賞典(2010年、2011年)、帝王賞(2011年)、JBCクラシック(2011年)、川崎記念(2012年)

ワンダーアキュート(2012年・川崎)…帝王賞(2014年)、かしわ記念(2015年)



さて、初ダートG1制覇を果たしたJBCクラシックまでダート戦6連勝を飾ったアウォーディーですが、JBCクラシックがダートG1初制覇という馬は過去に3頭います。そのいずれもが後に複数回ダートG1を制し、ダート界のトップホースとして確固たる地位を築き上げていったと言えます。



◇2・”2着馬がダートG1勝ち馬”だった時のJBCクラシック優勝馬による、その後のG1勝ち

レギュラーメンバー(2001年・大井)…なし

タイムパラドックス(2005年・名古屋)…JBCクラシック(2006年)

ヴァーミリアン(2007年・大井、2008年・園田)…ジャパンCダート(2007年)、東京大賞典(2007年)、フェブラリーS(2008年)、JBCクラシック(2008年、2009年)、帝王賞(2009年)、川崎記念(2010年)

スマートファルコン(2010年・船橋、2011年・大井)…◇1参照

ホッコータルマエ(2013年・金沢)…東京大賞典(2013年、2014年)、川崎記念(2014年、2015年、2016年)、チャンピオンズC(2014年)、帝王賞(2015年)

コパノリッキー(2014年・盛岡)…フェブラリーS(2015年)、JBCクラシック(2015年)、かしわ記念(2016年、2017年)、帝王賞(2016年)、南部杯(2016年)



また、アウォーディーが勝利した時のJBCクラシックでは、川崎記念3連覇等ダートG1を10勝したホッコータルマエを2着に従えていましたが、JBCクラシックにおいて他のダートG1馬を2着に従える形で勝利した馬は過去に延べ8頭おり、JBCクラシック創設元年の2001年のレースを制したレギュラーメンバー以外は全て後にG1勝ちを収めています。JBCクラシックを筆頭としたJBCシリーズは開催される競馬場が持ち回りであるため、年によって距離が異なる場合もありますが、そういった状況下でありながら日本のダート界をリードする優勝馬を輩出し続けているJBCクラシックはまさに出世馬の宝庫であり、芝のトップホースであれば現役を退いても不思議ない7歳馬であるアウォーディーが持っている先々の楽しみはまだまだ大いに秘めているということが窺えます。

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馬雑談 | 22:31:00 | トラックバック(0) | コメント(0)
追跡・ウオッカ 「常識破りの女傑」
3歳馬の頂点を決める一戦である日本ダービー、その開催まではあと5日となりましたが、先週の開催では角居勝彦調教師が所属馬による13週連続勝利を果たしました。名調教師としての足跡をまた一つ残す形となりましたが、そんな角居勝彦調教師が手掛けてきた日本ダービー馬であるウオッカは、あらゆる意味で”常識破り”の存在でした。今回は、そんなウオッカの足跡について改めて振り返っておこうと思います。

※代償が大きかった”僅差の2歳女王”

◇1・2着馬との差が”ハナ、アタマ、クビ”だった時の阪神ジュベナイルフィリーズを勝ち上がってきた馬によるその後のG1勝ち【1991年から2000年までは阪神3歳牝馬Sとして開催】

ヤマニンシュクル(2003年・クビ)…なし

ショウナンパントル(2004年・アタマ)…なし

ウオッカ(2006年・クビ)…日本ダービー(2007年)、安田記念(2008年、2009年)、天皇賞【秋】(2008年)、ヴィクトリアマイル(2009年)、ジャパンC(2009年)

トールポピー(2007年・クビ)…オークス(2008年)

ローブティサージュ(2012年・クビ)…なし

レッドリヴェール(2013年・ハナ)…なし



上のまとめのように、阪神ジュベナイルフィリーズを皮切りに日本ダービーを含めてG1を7勝したウオッカですが、そもそも最初のG1勝ちである阪神ジュベナイルフィリーズの勝ち方からして劇的でした。ウオッカの年から阪神競馬場がリニューアルされ、直線の長い外回りコースが出来上がりましたが、その長い直線をフルに生かして末脚を伸ばし、いきなり古馬を含めた当時の基準タイムとなる1分33秒1で勝利を収めました。ウオッカが勝った時の阪神ジュベナイルフィリーズには、ファンタジーSにおいて2着馬に5馬身差をつけて勝ったアストンマーチャンがおり、そのアストンマーチャンをゴール寸前に交わすという形で結果を残すこととなりましたが、この時のウオッカのような僅差で阪神ジュベナイルフィリーズを勝った馬は、昨年までの段階でウオッカを含めて6頭おり、阪神ジュベナイルフィリーズの後にG1を勝てたのは、ウオッカ以外ではトールポピーただ1頭しかいません。奇しくも、トールポピーを管理していたのはウオッカと同じ角居勝彦調教師でしたが、そのトールポピーにしても阪神ジュベナイルフィリーズの後に3着以内に来たレースがチューリップ賞とオークスの2回だけで、後は全て着外に終わってしまっていることから、ウオッカの特異性が浮かび上がってきます。

※ディープインパクトに匹敵する”超級の日本ダービー馬”

阪神ジュベナイルフィリーズを当時の芝1600mの2歳レコードで勝利したウオッカは、エルフィンSから3歳のレースを始め、その次のチューリップ賞まで連勝を収めましたが、牝馬クラシックの一冠目となる桜花賞ではチューリップ賞で2着に負かしたダイワスカーレットに後れを取りました。この時点でウオッカは2000m以上の経験が全くありませんでしたが、果敢にも牡馬と顔合わせとなる日本ダービーに参戦し、2着のアサクサキングスに対して3馬身の差をつけて、牝馬としては64年ぶりの日本ダービー制覇を果たすこととなりました。



◇2・2分25秒5以内で走破して日本ダービー馬になった馬によるその後のG1勝ち

アイネスフウジン(1990年・2分25秒3)…なし

ウイニングチケット(1993年・2分25秒5)…なし

アドマイヤベガ(1999年・2分25秒3)…なし

キングカメハメハ(2004年・2分23秒3)…なし

ディープインパクト(2005年・2分23秒3)…菊花賞(2005年)、天皇賞【春】(2006年)、宝塚記念(2006年)、ジャパンC(2006年)、有馬記念(2006年)

ウオッカ(2007年・2分24秒5)…◇1参照

ディープブリランテ(2012年・2分23秒8)…なし

キズナ(2013年・2分24秒3)…なし

ワンアンドオンリー(2014年・2分24秒6)…なし

ドゥラメンテ(2015年・2分23秒2)…なし

マカヒキ(2016年・2分24秒0)…なし【現役】



さて、ここ5年においては勝ちタイムが2分25秒0を切ってきている日本ダービーですが、日本ダービー馬によるその後のG1勝ちがない状態が続いています。フルゲートが18頭となった1992年以降、日本ダービー馬によるその後のG1勝ちがあった例が8頭に留まっており、割合で言えば半数にも届いていませんが、上のまとめのように”2分25秒5以内で勝った馬”に絞ると、勝ち馬が11頭いる中でその後のG1勝ちを収めたのがウオッカとディープインパクトの2頭だけとなり、全体から見ても非常に希少な例となっています。しかも、この中では3歳で現役を退いた馬が4頭と、G1馬になった頭数よりも多く存在しており、日本ダービーを速い時計で勝つということは、その後の競走生活に大きな犠牲を強いていることが窺えます。

そのことを踏まえながら、勝ちタイムが2分25秒5以内の日本ダービーにおいて勝利を収めてきた馬の共通点を探っていくと、ワンアンドオンリーを除いた10頭が初めての重賞で3着以内を確保し、皐月賞前の4着以下の回数を1回までに留めていました。他には、ディープインパクト、ドゥラメンテ、マカヒキを除いた8頭が2歳の時点で2勝以上をマークしており、ディープインパクト、ドゥラメンテ、マカヒキの3頭に関しても明け3歳の初戦にキャリア2勝目をマークしていたということ。あるいは、2000年までの3頭は中山芝2000m重賞の連対実績を持っていたのに対し、キングカメハメハ以降の8頭に関しては2歳か3歳の時に2勝以上をマークした上で、重賞の連続連対実績を持っていたということ。はたまた、”勝ちタイムが2分24秒5以内”ということで絞るならば、7頭全てがキャリア3戦以内に2勝以上をマークした上で3着以内率を100%としてきていたこと、などがありました。

そんな中にあって、ウオッカとディープインパクトの共通点で言えば、デビュー勝ちを収めた上で最初のG1を連対率100%の状態で制したというところでした。その上で、今後、ウオッカやディープインパクトを超える日本ダービー馬が現れるとするならば、最低限でも”デビュー勝ちを収めた上で最初のG1を日本ダービーの前に連対率100%の状態で制す”ということは果たしておかなければならなさそうです。

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馬雑談 | 22:50:57 | トラックバック(0) | コメント(0)
追跡・特別編 「マヤノトップガンVSサクラローレルの1997年天皇賞【春】」
今週はG1が一休みの週となりましたが、来週から6週連続にわたってG1レースの開催があります。そのオープニングを飾るのが、国内の平地G1の中で最も距離が長い天皇賞【春】ですが、今年は2015年の菊花賞馬にして昨年の年度代表馬であるキタサンブラックと昨年の菊花賞馬にして昨年の最優秀3歳牡馬に選出されたサトノダイヤモンドの有馬記念以来となる対決に大きな注目が集まっています。天皇賞【春】における二強対決というと、前年の天皇賞【春】優勝馬メジロマックイーンと前年の春クラシック二冠を無敗で制したトウカイテイオーとの対決や、前々年の年度代表馬ナリタブライアンと前年の年度代表馬マヤノトップガンとの対決、あるいは前年のステイヤーズSを大差勝ちしたメジロブライトと前年の有馬記念優勝馬シルクジャスティスとの対決が真っ先に浮かび上がるところですが、いずれのレースともに片方の馬が着外に敗れ、拍子抜けの結果に終わったりもしていました。

そういった歴史のある天皇賞【春】の中で、上位人気2頭が共にG1馬で、ワンツーフィニッシュを決めた直近のレースが、前年の天皇賞【春】で5着に敗れた後の宝塚記念制覇で何とか面目を保っていたマヤノトップガンと前年の天皇賞【春】優勝馬にして年度代表馬にも選ばれたサクラローレルが対決した1997年の天皇賞【春】です。このレースには”平成の盾男”武豊騎手を背にして前年に重賞を4連勝した上で有馬記念で2着に入り、前走大阪杯を快勝していたマーベラスサンデーがおり、実質的には前述の2頭と合わせて三強対決と目されていましたが、今回の追跡では1997年の天皇賞【春】を迎えるにあたってのマヤノトップガンとサクラローレルの2頭にスポットライトを当ててみようと思います。

※最高のステイヤーの足跡を追いかけたマヤノトップガン

まず、1995年の3歳時(現表記)に菊花賞と有馬記念を制してきたマヤノトップガンについてですが、1996年は阪神大賞典から始動してナリタブライアンとの叩き合いで敗れると、その次走となった天皇賞【春】では阪神大賞典の再現を期待されながらも直線で失速し、勝ったサクラローレルから大きく離されての5着に敗れてしまいました。その後、宝塚記念においてはナリタブライアン、サクラローレル不在の中で勝利を収めたものの、秋に入ってからは一度も勝てず、1997年の走りはそういったうっ憤を晴らすための戦いでもありました。



◇G1勝ちのある阪神大賞典優勝馬による天皇賞【春】の成績【3月開催となった1987年以降】

メジロマックイーン(1991年・中京)…1着

メジロマックイーン(1992年)…1着

メジロパーマー(1993年)…3着

ナリタブライアン(1995年・京都)…不出走

ナリタブライアン(1996年)…2着



そんな中で、1997年のマヤノトップガンは前年と同様に阪神大賞典から始動し、2着のビッグシンボルに対して3馬身半の差をつけて勝利しましたが、G1馬が阪神大賞典を勝利し、その上で天皇賞【春】に出走してこられた例はこの当時においては4回あり、そのいずれもが3着以内に入ってきていました。こと菊花賞馬に関して言えば(2-1-0-0)となっており、マヤノトップガンと同じように菊花賞が初G1制覇だったメジロマックイーンは1991年、1992年共に天皇賞【春】も制していたことから、5着に敗れた昨年のリベンジを果たすチャンスは大いにあったと言えます。

※鉄砲駆けの名馬にして中山競馬場のスターホースであったサクラローレル

一方、1996年の天皇賞【春】において同期のクラシック三冠馬ナリタブライアンや前年の年度代表馬であるマヤノトップガンを打ち負かしたサクラローレルは、天皇賞【春】優勝後に3戦しており、オールカマーと有馬記念を制して年度代表馬に選出されていました。その上で、1997年のサクラローレルは前年までの境勝太郎厩舎から1995年の目黒記念まで騎手としてコンビを組んできた小島太厩舎に転厩し、その初戦に選ばれたのが天皇賞【春】でした。



◇3か月以上の休み明けで出走したレース

佐渡S(900万下特別・4か月)…3着

中山記念(G2・1年と半月)…1着

オールカマー(G2・4か月半)…1着



天皇賞【春】が年内初戦となる異例のローテーションを組んできたサクラローレルでしたが、1996年の天皇賞【春】を勝利する一つ前のレースとなった中山記念において1年以上のブランクがありながら前年の皐月賞馬ジェニュインらを相手に勝利してきたように、休み明けには滅法強い成績を残してきていました。

また、サクラローレルは中山競馬場でのレースを得意としており、”3歳以上、または4歳以上”(現表記)のレースでは5戦無敗としてきていましたが、次のレースにおいて中山競馬場から違う競馬場に出走してきた場合も(2-2-2-0)と3着以内率を100%としており、中山競馬場でのレースの勢いをそのまま持ち込んでいける競走馬でもありました。

※古馬混合の芝3000m以上のレースを勝ち上がってきた馬によるワンツーフィニッシュ

こうした戦前の流れを踏まえた中で、マヤノトップガンとの直接対決を3勝1敗としていたサクラローレルが1番人気に支持され、サクラローレルとの直接対決に後れを取っていたマヤノトップガンが2番人気に甘んじていましたが、レースではインで終始我慢の競馬をしてきたマヤノトップガンに対し、サクラローレルは3番人気のマーベラスサンデーから徹底的なマークに遭い、2周目の3コーナーでは両者が2番手に立つ形に持ち込まれました。そして迎えた最後の直線では、サクラローレルとマーベラスサンデーの叩き合いが繰り広げられる中で、何とかサクラローレルが前に出かかりますが、その外からマヤノトップガンが末脚を爆発させ、当時のレースレコードを2秒7も更新して、マヤノトップガンが1着に入り、そこから1馬身4分の1の差でサクラローレルが2着に入ってきました。

さて、1997年の天皇賞【春】でワンツーフィニッシュを決めたマヤノトップガンとサクラローレルは、両者共に古馬混合の芝3000m以上のレースを勝ち上がってきた馬でしたが、冒頭で触れた三つの二強対決においては、後れを取った馬の方に古馬混合の芝3000m以上のレースを勝ち上がってきた実績がありませんでした。そういった意味では「二強並び立たず」の形は必然的な結果だったようにも思われますが、1998年以降の天皇賞【春】において、古馬混合の芝3000m以上のレースを勝ち上がってきた馬によるワンツーフィニッシュとなったのは以下のようなものとなっています。



◇天皇賞【春】における古馬混合の芝3000m以上のレースを勝ち上がってきた馬によるワンツーフィニッシュ【1998年以降・()内は古馬混合の芝3000m以上のレースにおける直近の勝利】

・1999年

1着・スペシャルウィーク(1999年阪神大賞典)

2着・メジロブライト(1998年天皇賞【春】)

・2000年

1着・テイエムオペラオー(2000年阪神大賞典)

2着・ラスカルスズカ(2000年万葉S)

・2006年

1着・ディープインパクト(2006年阪神大賞典)

2着・リンカーン(2004年阪神大賞典)

・2008年

1着・アドマイヤジュピタ(2008年阪神大賞典)

2着・メイショウサムソン(2007年天皇賞【春】)

・2015年

1着・ゴールドシップ(2015年阪神大賞典)

2着・フェイムゲーム(2015年ダイヤモンドS)



天皇賞【春】において、古馬混合の芝3000m以上のレースを勝ち上がってきた馬によるワンツーフィニッシュが決まったのは、1998年以降では5回ありますが、そのいずれもが前走阪神大賞典優勝馬が1着となっています。一方で、1着馬と2着馬が1番人気と2番人気だった例は2006年の1回だけに留まっており、”二強”が並び立つ構図が作られることの難しさが浮かび上がってきますが、前走阪神大賞典1着馬が1番人気に支持されて勝利した1999年、2000年、2006年の2着馬は、いずれも京都芝2400m以上の古馬混合のオープンクラスを勝ち上がってきており、その上で過去に前走阪神大賞典優勝馬の次位で走ったことがある馬たちでした。また、前走阪神大賞典優勝馬が1番人気ではなかった2008年、2015年の2着馬は、直近の重賞勝利が東京芝のレースとなっていました。

その上で、今年のレースについて展望していくと、サトノダイヤモンドが1番人気に支持されるのであれば、キタサンブラックとの二強決着も現実味を帯びてきそうですが、枠順次第ではアドマイヤデウスやタマモベストプレイ辺りにもチャンスは芽生えそうです。逆にキタサンブラックが1番人気に支持されるようであれば、アルバート、シュヴァルグランの台頭を警戒しておきたいところです。

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馬雑談 | 21:05:20 | トラックバック(0) | コメント(0)
追跡・スーパークリーク 「初代・平成の盾男」
今年からG1に昇格した大阪杯。かつては関西馬にとっての天皇賞【春】、もしくは安田記念に向けての前哨戦の一つに位置付けられていた重賞でしたが、時を経てその役割が変わっていき、とうとう春の中距離G1としての役割を担うこととなりました。もっとも、大阪杯、天皇賞【春】、宝塚記念といった”関西古馬上半期の三冠戦”を全て制した馬には報奨金があるとのことで、そのオープニングも兼ねたレースになっていますが、今回の追跡では大阪杯の勝利をステップに天皇賞【春】制覇に繋げていったスーパークリークについて触れていくことにしました。

※1200m差を問題にせず

スーパークリークは、地方から中央入りを果たしてG1を制したオグリキャップ、イナリワンと共に「初代・平成三強」の一角を担った競走馬で、平成元年(1989年)の天皇賞【秋】ではオグリキャップやイナリワンを負かして、天皇賞馬となりました。その後、ジャパンC・4着、有馬記念・2着というキャリアを経て迎えた1990年、スーパークリークは大阪杯から始動して天皇賞【春】へと向かいました。

◇大阪杯を使って天皇賞【春】を制した馬【1989年以降】

スーパークリーク(1990年)

テイエムオペラオー(2001年)

ヒシミラクル(2003年)

メイショウサムソン(2007年)

ヒルノダムール(2011年)

キタサンブラック(2016年)



スーパークリークは大阪杯、天皇賞【春】と連勝し、コンビを組んでいた武豊騎手を「平成の盾男」に導くことになりましたが、そもそも大阪杯をステップに天皇賞【春】を制した例は、平成に入ってからでは上の6例に留まっています。しかも、2001年のテイエムオペラオーに関しては前年の2000年に天皇賞【春】を制しており、天皇賞【春】初挑戦という部分では5頭しか結果を残せていない格好になりますが、上記の6頭はいずれもクラシックの連対馬で、クラシックで結果を残した大阪杯出走馬は天皇賞【春】でも好走のチャンスがあるとも言えなくもありません。

※2年以上前の菊花賞馬による天皇賞【春】制覇の難しさ

今年の天皇賞【春】は、昨年の有馬記念に続いて菊花賞馬同士の対決が繰り広げられることが見込まれていますが、実現すると天皇賞【春】における菊花賞馬同士の対決は2年連続となります。昨年は4歳馬のキタサンブラックが勝利を収め、菊花賞のレースレコードホルダーである5歳馬のトーホウジャッカルは5着に甘んじていましたが、天皇賞【春】において5歳以上の菊花賞馬が制したケースは平成に入ってからでは5回あります。

ただ、そのうちの2回は4歳の時に一度天皇賞【春】制覇を果たしていた馬たちが達成しており、5歳以上になってから初めて天皇賞【春】制覇を果たしたケースはスーパークリークを含めてわずかに3頭しかいません。

◇3歳時に菊花賞を制し、5歳以上になってから天皇賞【春】を初めて制した馬【1989年以降】

スーパークリーク(1990年)

マヤノトップガン(1997年)

ゴールドシップ(2015年)



スーパークリーク以外の2頭については、4歳の時の天皇賞【春】において敗北を喫しており、天皇賞【春】への適性が危ぶまれたところからの逆転劇を果たしたという見方もできますが、この3頭の共通点としては、勝利を収めた時の天皇賞【春】がフルゲートでなかったことに加え、菊花賞の後に芝3000m未満のG1を勝っている馬であるというところがあります。マヤノトップガンとゴールドシップは菊花賞の後に有馬記念を勝ったものの、4歳の時の天皇賞【春】では共に5着に沈んでしまいましたが、5着に敗れた後の宝塚記念において巻き返しを果たしており、これが二回目以降の天皇賞【春】においてリベンジを果たせた秘訣といったところではなかろうかと思われます。

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馬雑談 | 19:50:43 | トラックバック(0) | コメント(0)
追跡・タニノギムレット 「異能のダービー馬」
10日以上前となる先週月曜日に本放送があり、今週の月曜にも再放送があったNHKのオグリキャップの番組。私の競馬の原点はオグリキャップにあり、今でも競走馬の中で最も好きなのがオグリキャップだったりしますが、NHKのオグリキャップの番組については再放送分を録画したものの、未だに見られておらず、折を見つけてその録画分を視聴して感想をここに載せようかなと考えています。

さて、オグリキャップと言えば1988年に笠松競馬から中央入りを果たしましたが、その初陣を飾ったのが、今週行われるアーリントンCの前身とも言えるペガサスSです。当時、1コーナーのポケットからのスタートだった阪神芝1600mの4歳馬(注・現表記で3歳馬)限定重賞で、オグリキャップが走った年が2回目の開催でしたが、その舞台でオグリキャップは2番人気の支持に甘んじながらも、レースでは1番人気に支持されたラガーブラックに対して3馬身差をつけて勝利し、そこから平成の競馬ブームの立役者となっていきました。ペガサスSの開催はわずか5回に終わり、その役割が今のアーリントンCに引き継がれていきましたが、そのアーリントンCの優勝馬にして唯一クラシックレースを勝ち上がっているタニノギムレットを今回の”追跡”に取り上げていこうと思います。

※マイルを極めてダービー制覇

今回取り上げるタニノギムレットは2002年の日本ダービー馬で、その5年後に娘のウオッカがダービー制覇を果たしたことにより、21世紀の日本競馬で最初の「ダービー馬はダービー馬から」を実現させました。残念なことに、日本ダービー後は怪我の影響で一戦も走ることができませんでしたが、皐月賞、NHKマイルC、日本ダービーの3歳G1三連戦を完走し、全て3着以内に入った上でダービー馬に上り詰めていったその道程は、まさに執念の結実とも言えるようなものでした。



◇2000年以降の日本ダービー馬で芝1600m重賞勝ちがある馬

タニノギムレット(2002年)…シンザン記念、アーリントンC

キングカメハメハ(2004年)…NHKマイルC

ウオッカ(2007年)…阪神ジュベナイルフィリーズ、チューリップ賞

ディープスカイ(2008年)…NHKマイルC



さて、2000年以降の日本ダービーにおいて芝1600m重賞勝ちがあった馬による勝利は、上記の4頭に留まっています。タニノギムレット以外は全てG1のマイル戦を勝ち上がっており、ダービーを勝つためのマイル戦勝利はG1以外は無益といった趣すらありますが、タニノギムレットを含めた上記の4頭に共通しているのが”重賞2勝目がマイル戦だった”ことで、結果的にはタニノギムレットのアーリントンC制覇はダービー制覇の一助になったという見方もできます。

もっとも、上記4頭の中で古馬のG1を勝てたのはウオッカだけで、タニノギムレットとキングカメハメハが3歳秋のG1に一度も出ることなく現役を引退しているように、マイル戦に重きを置いて日本ダービーを目指すローテーションはリスクの高いものであるということが窺えます。

※真の実力が試される”スプリングS制覇からの皐月賞好走”

さて、シンザン記念、アーリントンCとマイルの重賞を連勝していったタニノギムレットはその次走に皐月賞トライアルであるスプリングSに出走し、後のNHKマイルC優勝馬であるテレグノシスらを相手に勝利を収めました。その後、皐月賞、NHKマイルCと続けて3着に入った上でダービー制覇へと漕ぎ着けましたが、スプリングSを勝った上で皐月賞も3着以内に入ってきた馬は将来有望であることが多くなっています。



◇皐月賞で3着以内に入ったスプリングS優勝馬によるその後のG1勝ち【2000年以降・馬名横の()内は出走年・皐月賞の着順】

ダイタクリーヴァ(2000年・2着)…なし

タニノギムレット(2002年・3着)…日本ダービー(2002年)

ネオユニヴァース(2003年・1着)…日本ダービー(2003年)

メイショウサムソン(2006年・1着)…日本ダービー(2006年)、天皇賞【春】(2007年)、天皇賞【秋】(2007年)

アンライバルド(2009年・1着)…なし

オルフェーヴル(2011年・1着)…日本ダービー(2011年)、菊花賞(2011年)、有馬記念(2011年・2013年)、宝塚記念(2012年)

ロゴタイプ(2013年・1着)…安田記念(2016年) 【現役】

キタサンブラック(2015年・3着)…菊花賞(2015年)、天皇賞【春】(2016年)、ジャパンC(2016年) 【現役】



前段の”重賞2勝目がマイル戦だった”ことよりも有意義なデータではないかと思わせる”スプリングS制覇からの皐月賞好走馬”による出世具合ですが、日本ダービーの成績に限った話をすれば(4-0-0-4)と、勝つか大敗かという趣があります。その上で日本ダービーを勝った4頭について触れると、スプリングSにおいて上がり3ハロン最速の馬が自身を含めて3着以内に入っており、自身の末脚の威力もさることながら相手の末脚の威力も認めた上でスプリングS制覇を果たすことが、スプリングSから日本ダービー制覇を目指す王道と言えます。

一方で、日本ダービーを勝てずとも、後にG1制覇を果たしたロゴタイプとキタサンブラックの2頭は、スプリングS制覇時に3歳重賞勝ち馬を2着に従えていました。このことから、スプリングS優勝馬による出世の可否については直近に発揮した自身、あるいは相手の実力を見定めた上で判断できるのではないかと考えています。

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馬雑談 | 13:30:08 | トラックバック(0) | コメント(0)
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